「久しぶりだね、ユリア。こんなおじさんが結婚相手で、がっかりしただろう」
新居の寝室で久方ぶりに顔を合わせたアグリッパは、いつもどおりの朗らかな笑みを浮かべていた。
父アウグストゥスとは違う、目の前にいる人をきちんと見ている眼差しで。
「いいえ、とんでもないことです。私のためにごめんなさい」
ユリアは目を伏せる。
「離婚の話かい? いいんだよ、前妻のマルケラとはよく話し合って、お互いに納得した話だから。
俺は何よりもオクタヴィアヌスの理想に力を尽くしたい。それに――」
アグリッパは少し言葉を切って、寝台で小さくなっている新妻を抱き寄せた。
「ユリア、きみの力になりたいんだ。俺はオクタヴィアヌスのためならば何でもやるつもりだが、きみへの扱いは前から疑問に思っていた。たった一人の娘なのに、あいつは冷たすぎる。十四歳の初婚が早すぎるとまでは言わないが、子作りの重圧ばかりかけたところで、出来るものも出来なくなるじゃないか。……おっと、失礼」
ユリアはくすりと笑った。
アグリッパの言葉には温かみがある。そういえばこの人は、しばしば親友の娘であるユリアを気遣ってくれていた。
「それにマルケルスが死んでしまった時も、オクタヴィアヌスは後継者を失ったショックに気を取られるあまり、ユリアを労ろうとしなかった。同じ娘を持つ父親として情けないよ。あいつはカエサルの理想を追うあまり、足元が見えていない時があるんだ」
今や市民と元老院の第一人者となった父に対して、ここまで口さがなく言う人はいない。
ユリアは少しだけ声を上げて笑って――ぽろりと涙をこぼした。
「ご、ごめんなさい。私、どうして泣いているんだろう」
「ユリアは今までずっと頑張っていたからね。そういうこともある」
「泣いていいのですか。弱虫だと怒らない?」
「怒るものか。悲しい時に泣くのは自然なことだ。ユリアは今まで我慢をしてきたんだね」
優しい言葉と一緒に髪を撫でられたら、もう駄目だった。
涙は後から後からこぼれて、夜着とシーツとを濡らす。
アグリッパは彼女のそんな様子を眺めながら、愛情と慈しみを込めて髪をすくい取った。
「今後はどうか安心して暮らしてくれ。きみは俺の妻になったのだから、これからは俺が守るよ」
「……守ってくれますか? 私、ずっと寂しかった。誰も私を見てくれなくて、悲しかったの」
「そうか。では、今日からは俺がしっかりときみを見よう。たった一人の妻なのだから、当然だ」
「……はい……!」
涙の後、ユリアの心は満たされる。
夫のたくましい腕に抱きしめられて、生まれて初めて幸せだと感じた。
十八歳になっていたユリアの体は、初婚の頃に比べると十分に成熟していた。
恐れていた夜の営みに痛みはなく、それどころか甘い心地よさをもたらした。
アグリッパが年配者の余裕で、丁寧に事を進めたせいでもある。
心が幸せに満たされて体も満足する。
愛する夫が横にいて、彼女だけを見つめてくれる。彼女を一番に扱ってくれる。
これまで手にしたことのない幸福に、ユリアは溺れるようにのめり込んでいった。
アグリッパとユリアの結婚はとても幸せなもので、子宝にも多く恵まれた。
だからこの話は、ここで終わりにしようと思う。
この先の彼らの行く末は、裏切りと別離と悲しみの連続であるから。
幸せな時間が、どうか少しでも長く続きますように。結果を知っていてもなお、そう願わずにいられない。
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史実は史実としてギャグに振ったアグユリも書きたい読みたいところです。